ネパール記(5)出稼ぎ労働者の実態と開く日本の門戸

 2018年11月某日、ネパールの首都カトマンズにあるトリブバン国際空港に降り立てば、真っ先に目に入る異様な光景。群衆が一台の車を囲み、その上にカメラマンらしき人物がその車の荷台にある何かしらの映像を収めています。複数の白装束を身に纏ったネパール人にマリゴールドの花輪が多く車に垂れ下がり、近付く僕を追い払おうとする警察官。ネパール特有のデモやストライキではなく、それが宗教的儀式であることは容易に想像が付きました。出稼ぎ労働者の無言の帰国。泣き崩れている者もおり、恐らくその遺族でしょう。自国に主要な産業がなく、失業率の高いネパールでは、多くの若者が「出稼ぎ労働者」として外国に赴き、その家族・親族の生活を支えています。

 

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写真中央左側にカメラマン、右側に棺の蓋を抱える白装束姿のネパール人が遺体を見つめる 

 「キャッシュ・リッチ・カントリー」と呼ばれるネパールでは外国からの送金がGDPに占める割合は約25%、これは世界で最も高水準にあり、中東、東南アジア、インドを中心とした出稼ぎ労働者は300万人を超えています。過去10年間での合計送金額は計380億ドル、2016/17年度のGDPは250億ドルのネパール経済を支えるも同期間における死者が労災事故を中心に6,708人。その内訳は約35万人が住み、ネパール最大の労働力の供給先となるマレーシアで過去10年間での死亡者数が2,443人、サウジアラビアでは同1,841人、カタールでは同1,326人。1日1人以上の尊い命が失われていることになり、2018年8月12日付けの現地紙「カトマンズ・ポストの」記事、"Nepalis prefer to work in Malaysia—deadliest destination"では、「死の最終地」と形容されています。マレーシア政府とは多くの労使協議が行われ、ネパール政府は待遇の改善を要求、労働ビザ発給の要件緩和等が盛り込まれた労使協定に今年11月に両国政府が署名。また、同国の外国人労働者最低賃金が来年1月より改定、月額1,000リンギットから1,100リンギット(約3万円)に僅かながらの引き上げとなるも、新規雇用を生まない自国産業と「死の最終地」に辿り着かざるを得ない窮状にネパール政府は十分な対策が出来ていません。内戦及び政情不安はネパールを荒廃させ、中印投資が盛んになってきた現在ですら、若者を中心に雇用機会に恵まれないのは事実である。

 

  「労働の隠れ蓑」と強い批判を受けることもあるネパール人留学生は、上述の「死の最終地」を敬遠するために、近年、急増傾向にあります。国別滞在数は豪州、日本、インドの順となり、日本は直近10年間で滞在者数が約10倍となる9万人近く、うち留学生は2万5千人。2018年10月21日付けの現地紙「ネパーリ・タイムズ」の記事"Migration Certificate"でそれらを可視化、人口3,000万人に満たないネパールは世界各国に留学生として点在し、小さいながらも、そのコミュニティを築き上げています。うち、日本の東京では新大久保がネパール人街を形成しつつあり、多くのカレー屋に多くの留学生が客として足を運び、なかには冠婚葬祭等の宗教的儀式が行える別室を裏に設けている店もあるほど。当初、日本に先に労働者として流入したインド人主体のカレー屋が多かったものの、2006年のネパール内戦終結を受け、ネパール人留学生は近年、急増。在日ネパール人数(約9万人)も在日インド人数(約3万人)を遥かに上回り、外国人労働者としての対前年度伸び率についてはベトナム人に次ぐ、第二位。今や日本に欠かせない労働力となりました。


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新大久保にあるネパールカレー屋の従業員、とても陽気だ

 カトマンズ中心街に語学学校が立ち並ぶ一角があり、先日、訪問をして来ました。広告表示は主に豪州、日本、米国、カナダ、そして韓国。高校卒業資格が求められる日本に対し、大学卒業以上の学歴を求める豪州、米国、カナダ。聞けば、やはり一番の希望地は豪州のようで、それはネパールにおける英語教育により言語障壁の低さが要因でしょう。米国、カナダについては定住することを目的に一度、日本等含めた外国で私財を蓄え、査証発給の要件を十分に満たしてから後に行くものが多い印象を持っています。


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カトマンズ市内最大のバスターミナルがあるラトナ公園近くの語学学校通り

 一方、近年、希望者が殺到する韓国は留学生ではなく、主に労働者としての渡航となり、内戦終了直後の2008年に開始された韓国政府によるネパール人の雇用許可制度EPSは、非専門人材の外国人労働者を受け入れる制度。EPSが課す韓国語試験の倍率は10倍とされ、保証金を支払わずに直接、韓国企業に雇用される制度はネパール人の間で人気となっており、製造業や農業に従事するネパール人は給与は月給平均157万5千ウォン(週40時間労働)と言う報道がネパールの現地紙記事"South Korea announces hike in wages"でされている。数字だけで判断すれば、日本の賃金とほぼ大差がなく、在韓ネパール人数はアジアでは今や日本に次ぐ二番目の約5万人にまで急増。


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日本語学校で教鞭を取るチェタン・タパ氏、彼の10年前短期駐在時の間接的部下である

 韓国のEPSは概ね、ネパール人には好意的に受け入れられているものの、その倍率の高さと狭き門は学生の負担になっているようで、悪質ブローカーの一斉摘発や査証発行の厳格化が顕著になって来てはいるが、日本は優秀な成績を収めた高校卒業資格を有するネパール人にとって引き続き、魅力的な国に映っています。その授業を見る機会に恵まれ、その後、日本語教師且つ現地送り出し機関のディレクターを務めるチェタン・タパ氏に多くの知見を頂戴した。当該送り出し機関はネパール人に対し約半年に亘る日本語教育を段階的に実施し、提携する日本の専門学校や大学の受け入れ許可を貰い、日本大使館に留学申請の手続きまでを引き受け、その報酬は成功報酬とし、1人当たり10万ルピー(約10万円)。学生の月額授業料は2千ルピーであり、カトマンズ市内にある複数の日本語学校のクラスを請け負う。一方、保証金を150万近く求める悪質な送り出し機関が存在しているのも事実で、今回、彼らに触手することは出来なかった。

 
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 授業の風景、「みんなの日本語」を教材とし、極めて真面目に授業に取り組んでいる

 授業を参観するなか、タパ氏に促され、30分ほど、日本語クラスの教師を一時的に引き受けることになりました。教材「みんなの日本語」の読み合わせを簡単に済ませ、まずはみんなの緊張をほぐすところから開始。先入観からか、「渡航に際し、不安はありませんか?」等のネガティブな質問をするも、「一切ありません」と満面の笑みで返され、「では、僕に聞きたいことはありますか?」と訪ねたところ、真っ先に来た質問は「クリスチャーノ・ロナウドはいますか?」。そうネパールの若者ではクリケット以上にサッカーが大人気。何故かそこからサッカー談義と日本地図の内容となり、生徒の半数以上が福岡を留学先として希望しているため、「ロナウドはいないけど、フェルナンド・トーレスはいるよ」と白板に大きく書く文字は所属先のチーム"Sagan Tosu"。そうすれば次から次へと来る質問、「イニエスタがいると聞いてるんだけど、どこにいるの?」。「大阪(実際は神戸)にいるんだけど、鳥栖にFトーレスと試合をするからいつでも見れるよ。新幹線だと値段が高いけど、バスで来ることも可能だし、福岡はご飯が美味しいよ。街も狭いしね」と。彼らの好奇心を引き出し、他愛もない会話をすることが両者の距離を近付ける。


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福岡を中心とした日本地図、ネパールの若者にとってサッカーは異国への不安を和らげる

 短い時間であったものの、初めて触れる「将来の日本への留学生」。内陸国でありながらも、内戦終了以降、政情の安定化が図られるなか、教育水準も上がってきたため、彼らに悲壮感は全く感じられなかった。幾多の苦難を乗り越えてきた国民の強さを感じたときでもあり、最後に彼らにこう伝えました。「日本人として常に皆さんの来日を歓迎しています。そして、日本で困難な場面に遭遇した際は、いつでも僕に連絡して下さい」と。外国人労働者に多くの批判があるのを重々認識したうえで、少なくとも僕は彼らの味方で有り続けたく。


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日本語クラスの生徒、多くが高校を卒業したばかりの10代、未来は明るい

  そして、2018年12月21日付けの現地紙「ヒマラヤン・タイムズ」紙の記事"Govt starts process of sending workers to Japan from April"に以下の記述が有りました。

Earlier, the Japanese government had formally announced that it would allow Japanese firms to hire workers from nine countries including Nepal and had changed its existing laws as well. 

  外国人労働者受け入れ拡大を目指す改正出入国管理法に基づき来年4月に創設される新在留資格「特定技能1号」の日本語試験、対象となる8ヶ国+1のうち(ベトナム、フィリピン、カンボジア、中国、インドネシア、タイ、ミャンマー、モンゴル)、調整中の1ヶ国にネパールが決定しました。日本では本日12月25日付の産経新聞の記事「外国人拡大方針を正式決定 受け入れは当面9カ国」で報道。日本からの産業投資が乏しいため、実績が少ない日本への非留学生の労働者。今後、多くの投資機会に恵まれ、両国の距離は必ずや狭まっていくでしょう。ネパールにとって素晴らしい時代が到来することを強く信じています。

 

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