ネパール記(4)中国チベット国境沿い、ヒマラヤで進む「一帯一路」

 定宿がある場所はバックパッカーやヒマラヤ・トレッキング客が集うカトマンズ随一の繁華街「タメル」。自由と快楽を求めて多くの欧米人がこの地を訪れ、酒と大麻に溺れて行く。そして、彼らの雄叫びがライブ・ミュージックに乗って協奏曲となり、深夜に至るまで騒音となって夜を盛り上げる。金曜の深夜になると、今度は酒に酔った現地若者同士で殴り合いの喧嘩が多く見られ、それを警察が棍棒で殴り倒して行く。この国は内戦の混乱期を経て、警察の対処が容赦ない。警察が徐々に撤収する深夜1時を過ぎると現れてくるのが女装したゲイ。小柄で華奢な出で立ちと暗闇のなかでは、ついつい声を掛けそうになるが、それは悪魔の道。この国の文化は極めて多様性に富んでいる。

 
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金曜日夜のタメル。週末にかけて、近年、女性がスカートを履く姿も多く見られる

 それでもここ数年で変化がある。2015年の地震及び経済封鎖で急速に落ち込んだ外国人旅行客は前年度比20%を上回るペースで増加しており、今年は初の大台突破、100万人超えが確実視されている。政府も"Visit Nepal 2020"というキャンペーンを打ち、2020年までの観光客数を200万人とする施策に打って出ている。その中心は中国人観光客、既にタメルにはチャイナタウンが出来つつあるほど。地域別では引き続き欧州が全体の三分の二近くを占めているものの、国別最多は「オープンボーター」協定を結ぶインド、そして、続くは最大の伸び率、前年度50%増で推移する中国人。ダンスバーで大盤振る舞いするインド人や中国人に囲まれながら、孤軍奮闘、酒を飲むというアジアの縮図を経験することを是非勧めたい。


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トリブバン国際空港にある"Visit Nepal 2020"の広告、サムスンはネパールで一番人気 

 中国人観光客増加の契機となったのは、2015年の経済封鎖時に中ネ両政府が合意した訪ネ中国人査証の廃止。人的交流も含めて、中国と密な外交関係を築き始めている。「一帯一路」構想は多岐に亘り、その一部が、ネパール北部を中心に進む水力発電所の建設、電力の安定供給に寄与。計画停電が廃止されてから約2年経過するなか、国内需要量を満たすために、引き続き、約500MWの電力をインドから輸入しているものの、政府は100%の国内供給を目指しており、中国が資金及び技術的観点から支援。そのため、国内供給力の向上で停電自体が珍しくなり、たまに訪れる停電時にはタメルのバーが真っ暗に、慣れていないのか女性の甲高い悲鳴がホテルにまで響き渡る。体力温存のため滅多に外出しない僕は、それを毎回ホテルの部屋で聞く。正直、虚しい。


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ラスワ郡ドゥンチェ村にて。シャフルベシと合わせてランタン・トレッキングの入り口となる 

 そんな喧騒地を離れ、何故か今まで無縁だったネパール北部ラスワ郡に休暇を兼ねて、気になる食材を確認しに行くことになった。目指すは二泊に分け、中国チベット国境沿いの村。一方、工事中の道路が多く、歴代最悪路。帰りは特に舗装状況が悪く、150キロの距離で10時間のバス移動。また、行きのバスでは国境に近付くにつれ、検問が多くなり、警察がバスのなかに立ち入り、全乗客の荷物検査を行う。チベットに近付いている証拠であろう。標高が上がるにつれ、道路が狭くなり、トラックが擦れ違うのも困難になる。

 

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立ち往生するトラック、双方ともに身動きが取れない

 2015年に強行されたインドによる「経済封鎖」において、南部タライにおける国境検問所が閉鎖されるなか、ネパール政府は中国と協議を行い、中国石油と覚書を交わすなど、一時的に中国から石油等の日用品が輸入され、インドへの強い牽制となった。一方、ネパール地震において北部の道路に甚大な被害が発生し、ラスワ郡の東に隣接するシンドゥ・パルチョーク郡タトパニの国境検問所等が封鎖に追い込まれるも、新たなドライポートや通関施設の建設に合意し、同国境検問所は2019年5月の再開の見込みとなっている。その他、中国電信が中ネ国境沿い山岳地帯に約200kmの光回線を通し、ネパールテレコムにインターネットサービスを提供、タタ・コミュニケーションズ等、インド企業によるネパール市場の独占が終焉することで競争が生まれている。30日間有効の容量16Gのデータパックが僅か1,200ルピー(約1,200円)にまで価格が下がり、カトマンズやポカラでは4G回線が使用可能。時代の進化は実に目覚ましい。

 
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ラスワガディの国境検問所手前にある通関地で朝を待つトラック

 そして、2018年9月、中ネ両政府は通過・交通協定の改正案に合意し、ネパールは中国の天津、深セン、連雲港、湛江の内港使用が認められることになった。これにより、「インド・ネパール通商・通過条約」で定められたネパールによる西ベンガル州コルカタ港及びアンドラプラデシュ州のクリシュナパトナム港の施設利用等、インドによる独占に終止符が打たれ、今後、ネパールは合計6つの港にアクセス可能。ここラスワ郡ラスワガディにも国境検問所があり、数キロメートル手前にある通関地で通過許可を待つトラックが待機。また、即席麺含めた中国製品も多く見られ、インド国境沿い南部タライとは全く異なる景色となる。


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ラサ・ビールに即席麺が実に質素で美味しい 

 ラスワガディでは水力発電所の建設も進んでいる。偶然、出会った中国人技師にこう聞いた。「山峡ダムの開発か?」。「良く三峡ダムのこと知ってるな。オレは一応、山峡大学出身なんだけど、いまは違う電力会社で働いていて、この近くに宿舎があるんだ」。彼の作業服に書かれた社名は「中国電力(China Power)」「中国水電(Sino Hydro)」。聞けば、この二社から約300〜400名の中国人技師がネパール国内の開発に従事し、ラスワガディ近郊の本宿舎には30名ほどの中国人技師が常駐しているという。

f:id:masaomik:20181219012638j:image夜通し作業が進む中国資本による水力発電所の建設

 また、最大の注目は中ネ両政府が合意したチベット鉄道のカトマンズ延伸計画であろう。いま現在、中国側によるフィージビリティスタディF/Sが行われており、第二の都市ポカラや南部ルンビニとの接続計画も浮上している。複数ルートが検討されているなか、主要路線は本ラスワ郡を通過することとなり、総工費27.5億ドル、ネパールでの総距離72.5キロ、うち98.5%が橋梁ないしトンネルがF/Sで提示されており、建設費用についてはネパール側は中国の負担を求め、中国側は等分の費用負担を要求。パキスタンスリランカで見られる対外債務の拡大は無視出来ない現実だ。
  

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チベット鉄道延伸計画が検討されているラスワ郡

 また、最大の障害はその地形。ヒマラヤ麓の同地域は標高3,000〜4,000mの山々に囲まれ、沿線の大半が橋梁ないしトンネルとなるため、難工事であることが容易に想像付く。チベット鉄道は2020年までに中ネ国境ネパール領土ラスワガディから25キロのキーロンに延伸されることは発表されているものの、カトマンズへの延伸計画が簡単に進むとは到底思えない。一方、北部で進めるチベット鉄道の延伸計画に対抗するかの如く、インド国有鉄道カトマンズ延伸も計画されており(印ビハール州〜カトマンズ間)、緩衝国家を舞台に熾烈な競争が生まれようとしている。ネパールはこの競争に対し、国家繁栄の道筋を明確に立てる必要があるだろう。

  この二日間、食材を探し求めに行ったものの、初めて間近で見るヒマラヤに酔いしれてしまった。この記もいままとめているだけで、滞在中は何一つ考えていない。また、今回の休暇に当たり、「仕事ばかりせず、たまにはネパールを楽しんで下さい」と、快く送り出してくれた仲間に見当たるのは感謝の言葉ばかり。


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バスから覗くヒマラヤ山脈

 僕は決めた。次回はヒマラヤ・トレッキングをしにすることを。国内線が就航しているエベレストやアンナプルナ連峰とは異なり、移動手段は陸路のみというのは僕の性格に適合している。周囲に確認すれば、四泊あれば、十分にヒマラヤを楽しむことが出来るという。朝起きて目の前に映るのヒマラヤに紅茶を飲みながら過ごした二日間は今までになく、心が穏やかになり、時間を全く気にすることなく過ごせたのは、近年のネパール滞在では殆ど記憶にない。


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この先がランタン渓谷

 然しながら、ヒマラヤで進む「一帯一路」が想像以上であることは言うまでもない。

 

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